逆手道の系譜
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1. 歴史

本家 兼相流柔術
 明治10年、茨城県勝田郡勝倉村に居住していた旧水戸藩郷士の家に生まれた武石謙太郎兼相は、若いとき
から為我流柔術、水戸系の一伝流、無比流、三和無敵流など水戸・勝田地域に伝承されていた武術を研鑽し、
その後自身で工夫を重ね、手首間接を主対象に技を掛ける技術(逆手術)体系を完成させて兼相流柔術を立ち
上げ、頭山満先生の援助を受けて、生まれ育った勝倉村に日東武術研究所「勝武館」を設立しました。
 その後明治30年代後半に上京して道場を作り、主に神田・品川・荒川方面で門弟の育成に当たりました。
 以降、兼相流の技は以下の4人の先生がたによって伝承され、幾多の柔術流派に影響を与え続けてきました。

本家 兼相流柔術宗家一覧

  創始者  武石 謙太郎兼相
  二代   清水 継一郎 
  三代   望月 庄一郎
  四代   前原 清三   ご高齢ですが現在も兼清流宗家として日本全国でご活躍中です。

 

派生「逆手道」
 兼相流柔術第二代清水継一郎宗家から兼相流柔術を学んだ田中忠秀堂先生は1970年代に自ら新しい 流儀
を立 ち上げ「逆手道」と称した。しかし 1993年にその田中忠秀堂逆手道宗家が癌で没した後は 後継者が現れず、
日本ではこの「逆手道」は 途絶えてしまった。
  
  派生「逆手道」
  
    創始者  田中忠秀堂  1993年没。以降正式な継承者無し。

 

2、特徴

 逆手道の特徴は、突きや蹴りを併用しながら手首の間接を逆に固めて責める技、逆手術に特化して いる点で
ある。 柔術各派にはこの逆手術や合気術は多かれ少なかれ存在するが、合 気術に特化した のが合気道、逆手
術に特化したのが我が逆手道だと理解すれば、分かりやすい。
 同じ浅山一伝流を源流とするので、我が逆手道は合気道と類似した技が多々あるが、一番大きな 違いは、合
気道が関節技から投げ技へと移るのに対して、逆手道では間接を固めてそのまま極めて 相手を屈服させる点で
ある。
 この利点は
  1)投げないので、相手を最後までコントロールできる。
  2)相手に与えるダメージをコントロールできる。つまり途中の段階で手を離せば相手にダメージは残ら
    ない。 これは過剰防衛で相手を必要以上に傷つけないで済むという大切な点だ。
    勿論、相手が凶悪犯でそのまま放置できないような場合は極めたまま相手の骨を折ることも容易である。
  3)投げ技があまり無いので板の間での修行も可能。
 また柔術一般に通じることであるが、空手のように組み手(試合)を行わないので、練習中の怪我が 非常に
少ないことが挙げられる。非力な女性や老人でも護身術として安心して学べる所以である。
 

注) 今回この頁の内容を大幅に修正いたしました。前原清三第四代宗家から兼相流柔術の技を正式に継承さ
  れた早坂義文先生という方が居られるのを今回初めて知り、其の早坂先生からのお手紙により
  1)兼相流柔術は途絶えていないこと -> 前原第四代宗家がまだご健勝でいらっしゃいます。
  2)従来私が理解していた「逆手道」が兼相流柔術の直系と言うのは間違いで、「逆手道」は兼相流柔術
   より派生した「分家」という存在という大切なことを教えていただきました。
   私の思い違いから、第四代宗家の前原先生がご高齢ながらご健勝でお過ごしであるにもかかわらず、
   兼相流柔術が途絶えてしまったなどという間違いをこれまで書き続けてしまい、前原宗家、そして兼相
   流柔術の正式な伝承者である早坂先生、並びに兼相流柔術の関係者の皆様方には大変失礼なことをして
   しまいましたこと、心からお詫び申し上げます。 
                                 2011年3月5日  倉部 誠