兼相流柔術の系譜
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1. 歴史

 旧水戸藩士、武石謙太郎兼相は若いときから関節技を主とする浅山一伝流、藤田流、無形流
などの柔術を学び、それぞれの流派で免許皆伝を得た。
 その後自身で工夫を重ね、手首間接に対象を絞って技を掛ける技術(逆手術)体系を完成させ、
1880年にこれを兼相流柔術、逆手道と称して新流儀を立ち上げた。
 丁度同じころには、投げ技主体の良移心当流や起倒流柔術を学んだ加納治五郎が講道館柔道を
完成させ、兼相流と同じく浅山一伝流から派生した大東流柔術からさらに植芝翁が合気道を起こ
した。
 以降、兼相流の技は以下の宗家たち5人によって伝承され、幾多の柔術流派に影響を与えたが、
1993年に五代宗家 田中忠秀堂が癌で没した後は後継者が現れず、日本ではこの兼相流柔術は
途絶えてしまった。

  宗家一覧

  創始者  武石 謙太郎兼相
  二代   清水 継一郎 
  三代   望月 庄一郎
  四代   前原 清三
  五代   田中 忠秀堂
 

2、特徴

 兼相流の特徴は、突きや蹴りを併用しながら手首の間接を逆に固めて責める技、逆手術に特化
している点である。 古流柔術各派には、この逆手術や合気術は多かれ少なかれ存在するが、合
気術にと特化したのが合気道、逆手術に特化したのが我が逆手道だと理解すれば、分かりやすい。
 同じ浅山一伝流を源流とするので、我が逆手道は合気道と類似した技が多々あるが、一番大きな
違いは、合気道が関節技から投げ技へと移るのに対して、逆手道では間接を固めてそのまま極めて
相手を屈服させる点である。
 この利点は
  1)投げないので、相手を最後までコントロールできる。
  2)相手に与えるダメージをコントロールできる。つまり途中の段階で手を離せば相手にダメー
    ジは残らない。 これは過剰防衛で相手を必要以上に傷つけないで済むという大切な点だ。
    勿論、相手が凶悪犯でそのまま放置できないような場合は極めたまま相手の骨を折ることも
    容易である。
  3)投げ技があまり無いので、ほとんどの古流柔術がそうであったように板の間での修行も可能。
 また柔術一般に通じることであるが、空手のように組み手(試合)を行わないので、練習中の怪
我が非常に少ないことが挙げられる。非力な女性や老人でも護身術として安心して学べる所以である。